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最高裁判所第一小法廷 昭和43年(あ)190号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を広島高等裁判所に差し戻す。

理由

弁護人柴田治の上告趣意は、単なる法令違反、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

しかし、所論にかんがみ、職権をもって調査すると、第一審判決は、「被告人は自動車の運転者であるが、昭和四〇年一一月一二日午後三時一五分ごろ軽四輪自動車を運転し、時速約二〇粁で津山市細工町一八番地付近道路を南進中、同所にある左右(東西)の見通しのきかない不規則な交差点にさしかかり、これを直進通過しようとしたが、このような場合自動車運転者としては、左右の道路を注視してその安全を確認し、いつでも急停車できるよう極力減速徐行して、もって事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるにも拘らず、これを怠り、左右の道路を注視してその安全を十分確認することなく、時速を約一〇粁に減速したのみで右交差点を通過しようとした過失のため、折柄右交差点左側(東側)から金田美恵子(当時三二年)の運転する原動機付自転車が進行して来るのをその直前に接近するまで気付かず、自車の前部を右原動機付自転車の右前部に衝突転倒させ、よって同女に対し加療約五〇日間を要する頭部打撲兼右下腿挫傷の傷害を負わせたものである。」との事実を認定し、刑法二一一条前段を適用して、被告人を罰金二万円に処する旨の言渡をした。これに対し原判決は、弁護人の被告人には過失がなかった旨の主張に対し、第一審の前記認定事実を維持し、本件の場合、被告人は、交差点の直前でいったん停止して進路前方および左右の安全を確認したうえ進入するなどして衝突等の危険を防止すべき注意義務があるにもかかわらずこれを怠り、時速約一〇粁に減速したのみでいったん停止することなく、かつ進路前方や左方への安全確認を欠いたまま右交差点に進入した過失があるのであり、他方被害者金田美恵子も、本件交差点の東側で道路左端を進行し、時速二〇ないし三〇粁の速度で右交差点に進入してまもなく、北から進入してくる被告人の自動車を約三〇米以上の距離をへだてて認めながら、その動静をじゅうぶん注視せず、その前方を通過できるものと軽信し、そのままの速度で進行を続けた事実を認めることができるとし、本件事故は被告人と被害者の双方の過失が競合して発生したものである旨の判断をして、弁護人の前記主張をしりぞけている。

ところで、原判決の判示するところによると、第一審判決挙示の証拠によれば、被告人は時速約一〇粁で北から本件交差点に進入したというのであるが、一方被害者金田美恵子は、時速二〇ないし三〇粁の速度で東から右交差点に進入してまもなく、北から右交差点に進入してくる被告人の自動車を約三〇米以上の距離をへだてて認めながら、そのままの速度で進行を続けた事実が認められるというのである。

してみれば、被告人が時速一〇粁に減速したのが北から右交差点に入る直前であったとしても、被害者の車の速度は被告人の車の速度の少なくとも二倍の速度であるから、右交差点に入る各道路の幅員が原審検証調書記載のとおりであり、不規則な交差点であることを考慮にいれても、特段の事情のないかぎり、被害者の車は被告人の車が本件衝突地点に至る前に被告人の車の前を通過できたはずであって、本件衝突は起こり得ないのではないかと思われる。しかるに、原判決は何ら特段の事情のあったことは判示していないのであって、原判決判示の事実関係のもとにおいては、原判決判示の被告人の過失のため本件衝突が発生したとすることは困難である。

また、原判決が支持した第一審判決も、被告人は時速約一〇粁で北から本件交差点に入ったと認定しておりながら、被害者の車の速度は認定していないのであるから、その速度いかんによっては、本件衝突の起こり得ないことは原判決判示と同様である。してみれば、前記のように判示して第一審判決を維持した原判決には、判決に影響を及ぼすべき理由不備または理由のくいちがいがあるもので、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。

ところが、本件においては現実に衝突が発生しているのであるから、いかなる事実関係のもとに本件衝突が起こったかを明確にしなければ、被告人に業務上過失傷害の罪責があるか否かを決することはできない。よって、刑訴法四一一条一号により原判決を破棄し、同法四一三条本文により本件を原裁判所である広島高等裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岩田 誠 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 松田二郎 裁判官 大隅健一郎)

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